藍染について

藍染めとは『藍』という名の染料植物があるわけではなく、インジゴ(インジカン/Indican)という色素を含んでいれば染色可能です。藍の色素、インジゴは水に不溶の色素なので、一旦色素を水に溶けるインドシル(Indoxyle)に変換して繊維に吸収させ、繊維の中につけてしみ込ませ、これを空気にさらしインドキシルから再び不溶性のインジゴに戻すことで染色が行われています。世界にはインジゴを生み出す種々の植物があり、これらの植物が世界各地において、様々な方法で藍染めに用いられてきました。

写真左:藍染の液面に出来る泡の様な状態を「藍の華」といって藍染の状態を確認する目安にします。

藍染の歴史

藍染めは世界中で最も古くから用いられてきた植物染料だと言われています。

  • 古代エジプト時代にも藍染は使われていました。
  • 日本でも飛鳥時代には藍染の布があったことが明らかになっています。
  • 藍染めの原料となる植物ははもともと漢方薬として日本に伝えられたといわれています。
  • 天然の藍の色素を含んだ植物(タデ科一年草蓼藍)は血液浄化、解毒、解熱、喘息、水虫、あせも等に対して漢方薬として多くの特性を秘めています。
  • 藍染の衣類は防虫、殺菌、防水等の作用の他、丈夫で長持ちし、着る程に色が冴える、光の反射が柔らかく深い色合いが楽しめるといった特性があります

木綿と藍染が庶民の衣類へ

  • 平安時代初期にまとめられた『延喜式』には藍染めに関する記載有
  • 鎌倉時代には藍の濃紺のかち色(勝ち色) が武家に愛好されました。

鎧の下に藍染めの下着をつけ、切り傷や虫さされから身を守っていました。

  • 藍染めが庶民に普及したのは江戸時代のはじめ頃、木綿の着物を着るようになったの がきっかけ

(以前は麻などを着用)野良着、もんぺなど仕事着に用いられていました。

    • 藍染め屋は『紺屋』と呼ばれていました。

身の回りのあらゆるものを染 めるのに利用され、塩水や潮風にも強く、漁師の祝着などにも藍染めがつかわれました。
実用的で美しい藍染めは庶民の衣服の主な染料でした

ジャパンブルーと呼ばれる

明治8年に訪れた化学者 アトキンソンは日本中が青い衣服であふれていることに驚き、藍の色を『ジャパンブルー』と名づけました。
1880年(明治13年) ドイツのバイヤーが化学的に藍の合成に成功。その後、天然藍での染色は激減していきました。日本では藍造りの栽培面積が明治36年/15,000ヘクタールから昭和40年頃/20ヘクタールまで激減しました。現在は天然藍が見直され少しづつ復活しているようです。

タデアイ 学名:Polygonum tinctorium Lour 漢名:蓼藍 タデ科

日本へは遅くとも古墳時代の終わり頃には渡来した。中国またはインドシナ半島の原産といわれる。

インド藍(コマツナギ属:Indigofera)キアイ マメ科

タイワンコマツナギ 学名:Indigofera tinctoria L. 世界の藍の総称となっているインド藍染料として使われはじめたのは、紀元前二千年を下らないといわれる。
ナンバンコマツナギ  学名:Indigofera Suffruticosa Mill. メキシコ、ジャワ島、など、広く分布している。
色素が多く含まれていたため,大航海時代にはヨーロッパで栽培されていた大青を壊滅させる状況に追い込むほど重宝され、日本へも江戸時代の終わりにはオランダ船によって輸入されました。阿波徳島の藍の生産に打撃を与えたといわれています。

大青(ウォード、英woad 独waid 仏Pastel) 学名:Isatis tinctori

ヨーロッパを中心に栽培された。シベリア、中国北部、北海道など広く分布するといわれるアブラナ科の越年草。古くヨーロッパでは藍をとる原植物として用いられていたが六世紀ごろから東南アジアやインド方面よりマメ科コマツナギ属の植物が輸入されるようになり現在は姿を消してしまったといわれています。

琉球藍 学名:Strobilanthes cusia キツネノゴマ科

沖縄の紅型や絣に多く見られる。原産はインド、タイ、ビルマ周辺といわれる。

ヤマアイ 学名:Mercurialis leiocarpa Sieb et Zucc トウダイグサ科

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